中平の庭

2021年 春

16 エンドウ 遠藤周作「石の声」

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あなたはこのWebページで芸術にめざめていく?
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 なぜなら、ある芸術家が芸術家として目覚めさせられ、成熟していくのは、彼の実人生によるものではなく、他人の芸術的作品を通過することによってであるからだ。私たちは実人生の途上で病気をし、戦争にくるしみ、女を愛するような様々な経験をするであろう。しかしこの経験の集積を質的にも量的にも豊富にもっただけでは作品を創ることはできぬ。私たちが芸術と創造との刺激をうけるのは、こうした実人生の体験でなく、彼が一枚の絵・一つの音楽・一つの小説・一つの詩を他の優れた芸術家を通して、変革された現実に接する時なのだ。ロマネスクな人間がすべて、小説家(ロマンシェ)ではない。作品とは創造されたもの、現実を変革したものであり、それは作家の実人生とは別の大いなる時間の裡に生きているのである。
 実人生の時間と芸術的時間とはむしろ対立するものだ。したがって実人生や現実をそのまま複写し、同じ平面に移行したにすぎぬものは、如何に正確であり、科学的なものであっても芸術ではない。芸術とは現実や世界の変革であり、再構成であり、「創る」ことなのだ。私がクリティク・メタフィジィクの友だちと共に自然主義に反対したのはそのためである。
 だが、何故私たちは創るのか、それは我々が超絶的なものを欲するからだ。歴史的条件や人間的条件に限界づけられた現実をこえて私たちは自由や祈りや意志、即ち人間の「青い小さな葡萄」に一つの造型を与えるのである。

           遠藤周作『石の声』冬樹社昭和45年